LOGIN「ここが噂のお店かぁ。お客も多いし、人気あるのは本当なんだな」
ギルドから数分歩いた場所に、衛兵からお勧めされたアンティークというレストランはあった。
雰囲気ある木造の造りで、そこまで大きくはないが目立つ建物である。ルナフレアと二人で開放してある入口から中に入ると、元気いっぱいのウエイトレスから「いらっしゃいませ」の歓迎を受ける。
「二人なんだけど、席空いてるかな?」
「二名様ですね。今なら窓際のテーブル席が一つ空いていますよ。そこで構いませんか?」
「うん、ありがとう」
「ではご案内致しますねー」
現代のレストランの接客服の様な衣装を着たその女性に席まで案内される。その窓際の席からは通りがよく見えた。昼時だからか、人通りもそれなりに多い。そして店内は非常に活気があり、料理のいい匂いがした。カリナのお腹が鳴る。
「ふふっ、お腹が空きましたか?」
「そうだな。中途半端に運動もしたし、商業区までは結構な距離も歩いたからね」
「こちらがメニューです。今日のお勧めはシェフの気まぐれパスタです。良ければどうぞ。ドリンクはどうなさいますか?」
メニューを開いて中身を見る。そこには様々な品が写真付きで紹介されていた。
「私はとりあえずオレンジジュースで、ルナフレアはどうする?」
「そうですね、このアップルオレというのをお願いします」
「はい、注文承りました。メインが決まりましたらお近くのウエイトレスにお声かけ下さいねー」
はきはきとした口調で注文を取ると、その女性は奥へと行ってしまった。
「元気があってよいですね。好感が持てる接客です」
「そうだな、接客はその店の顔だ。その感じがいいとお店の雰囲気も良くなる」
現実世界でアルバイトをこなしてきた経験から来る言葉が口をついた。ゲーム世界ではルナフレアの世話になりっぱなしなので、それが彼女には可笑しく聞こえたのだろう。ルナフレアはくすりと笑った。
「カリナ様はこういう所で働いた経験があるのですか?」
迂闊なことを喋ってしまった。しかし、リアルでは働いたことがあるので嘘は吐けない。
「まあね、学生時代にだけど。こういうレストランというよりお酒をメインに扱っている様な居酒屋だったけど」
「それは絶対に看板娘だったのでしょうね。こんな可憐なカリナ様が働いておられるなら、常連客はたくさんいたでしょう」
「いや、まあ、どうなんだろうか……」
女性客からよく声を掛けられることはあった。だがもしそれが今の姿で男女逆だったと想像すると、カリナは少々怖気がした。ぶるっと身震いする。
「カリナ様、お手洗いはあちらのようですよ」
「あ、うん、注文したら行って来るよ」
ぶるりとしたのを催したと思われたのだろう。まあそれも変な想像をした自分が悪い。
「じゃあ、さっきの子が言ってたお勧めにしようかな。ルナフレアは?」
「私はこの野菜たっぷりのキッシュにします。デザートはどうしますか?」
「そうだなぁ、じゃあこのチーズケーキかな」
「では私はこのガトーショコラにしますね」
そのとき近くに給仕の女性が通りかかったので、注文を告げる。
「畏まりました。では少々お待ち下さいませ!」
今度の女性も快活な様子で注文を受けると奥へと行ってしまった。ふと周りを見ると、ウエイトレスは綺麗どころを揃えているように見える。これは顔で採用してるんだろうなとカリナは思った。
トイレを済ませて戻って来ると、ルナフレアがぽつりと話始めた。
「カリナ様は明日から旅に出られるのですよね?」
「ああ、先ずは東にあるルミナス聖光国に行ってみる。聖職者がたくさん集まる国だ。聖女のサティアの情報が手に入るかもしれない。まあそう簡単に上手くいくかはわからないけどな。それでも何かしらの手掛かりは掴めるかもだし。あ、それと悪魔が最近やたらと目撃されているらしいから、次に遭遇したら奴らが何を企んでいるのか聞き出さないとだな」
「そうですか……。ここ中央からはかなりの距離がありますけど、どうやって移動されるのですか?」
「うーん、カイザードラゴンのアジーンかペガサスに乗って飛んで行こうかと思ってるけど」
「ドラゴンは、さすがに大騒ぎになりますよ。ペガサスの方が小さいし目立たないのでは?」
召喚体であるカイザードラゴンのアジーンはかなりの巨体である。確かにそれに乗って移動するとなると、目立って仕方ないだろう。ドラゴンに乗ってみたいとも思っていたが、大人しくペガサスに乗って移動する方がいいだろうとカリナは思った。
「そうだな、やっぱりペガサスに頑張ってもらうとするか」
「そうですね、それが良いと思います。でも気を付けて下さいね。聖光国は周囲を高い山脈に囲まれていますから、その上を飛ぶとなると高山病などの心配があります。そうなっては心配ですから、山脈を抜ける時は公道をお使い下さいね」
「そうか、今のVAOが現実世界ならそういった体の変調をきたす可能性もあるのか……。ありがとう、気を付けるよ。余り高い高度は飛ばないように気を付けよう」
「? ええ、是非そうして下さい。カリナ様に何かあっても遠い場所では私は行くことが出来ませんからね」
VAOやらリアルの話は止めた方がいいのかも知れないとカリナは思った。ルナフレアがその手の話をするとポカンとした表情をするからである。こういう話はPCと出会った時にするのが一番だろう。
そうやって話をしていると、料理が運ばれて来た。空腹だった二人は人気のお店のメニューを楽しんだ。絶妙な味付けがされている品を、ルナフレアとシェアして食べた。満足した二人は会計を済ませて店を出た。
「ふー、結構ボリュームあったなぁ。お腹が膨れたよ」
少し膨れた小さなお腹をぽんぽんと叩く。
「身体が小さくなった影響で小食になられたのかもしれませんね。かく言う私ももうお腹いっぱいです。量も味も中々のものでしたね。色々と隠し味が使われていたようなので、自分の料理にも取り入れてみます」
「研究熱心だな。でも私はルナフレアの料理が一番落ち着いて食べれるし、美味しいと思うけどね」
その言葉にルナフレアの表情がぱあっと明るくなる。カリナに褒められたのが純粋に嬉しいのである。
「ではこれからも精進致します。さて今からはどうしますか? まだお昼を回ったばかりですから、今日はたくさん時間がありますよ」
「うーん、確かにそうだな。じゃあ今日はルナフレアが行きたいところに付き合うよ。明日から暫くお別れだから、今日は君の好きなところに一緒に行こう」
カリナの言葉にルナフレアが笑顔になった。
「では、洋服を見に行きましょう」
「服かー、この姿でのお洒落はさっぱりだよ。武具の店にしか行ったことないなあ」
「勿体無いです、カリナ様。折角こんなにも可愛らしいのに私服が乏しいなんて。私が今日はたくさん選んであげますから」
あ、これは着せ替え人形にされるなとカリナは覚悟した。だがルナフレアが楽しそうならばそれもいいだろうと思い、彼女の動向に付き合うことにしたのだった。
◆◆◆ 「つ、疲れた……」何軒も店をはしごし、ルナフレアが気になった服を次々と試着させられたのである。休憩に寄った公園のベンチにどかっとカリナは背中からもたれ掛かった。
女性の買い物が長いのを身をもって知ることになった。たくさん買い込んだ衣装は全てアイテムボックスに放り込んである。荷物を持ち歩かなくて済むのはPCの特権であろう。NPC達は買ったものを両手いっぱいにぶら下げて歩いている。
「すみません。はしゃいでしまって……」
疲弊したカリナの隣に腰掛けたルナマリアが反省の弁を口にした。
「いやいや、私に耐性がないだけだから。その内慣れるから気にしないでくれ」
とは言っても中身は男性である。とても慣れそうには思えなかった。
「でもルナフレアはそれだけで良かったのか?」
彼女の首には綺麗なネックレスが輝いている。買い物の途中でカリナが日頃の感謝にと、気に入った物を送ったのである。
「ええ、私には今日の思い出とこのネックレスがあれば十分です。それに普段はメイド服以外は余り着ることはありませんからね」
「そっか、まあ喜んでくれたのなら良かったよ」
「でもこれ幾らしたんですか? 高かったのではありませんか?」
「1万セリンだよ。今までソロで散々稼いで来たから安いもんだ。それよりもルナフレアの方が私の服にかなりの額を使ったんじゃないのか? 今からでも払うよ」
「いえ、私はカリナ様に私の選んだ服を着て欲しかっただけですから。それにお城のお給料はかなり高いのですよ。恐らく普通の庶民の稼ぐ額の何倍もあります。王国騎士団長の側付きとなれば、それはもう裕福なものです。それに私が持っていても貯まるばかりで使うことも滅多にありませんからね」
「そうだったのか。じゃあ今日はありがたくお言葉に甘えようかな? でも次からは自分が着るものとかは自分で出すからな。いつも奢って貰ってちゃアンフェアだろ?」
「ふふ、そうかもしれませんね。では次のデートはカリナ様にたくさん奢って頂きます」
そう言って笑うルナフレアの笑顔は素敵だとカリナは心から思った。この子を泣かせるような真似は絶対にしてはいけない。戦いになっても絶対に死ぬ訳にはいかないと思うのだった。
夕日が赤く彼女の美しい横顔を照らしていた。
「さて、そろそろ帰ろうか。今日のルナフレアの夕食も楽しみだからね」
「あはは、食いしん坊さんですね。では今日も腕を振るわせて頂きます」
城下が夕焼けに染まる中、二人は手を繋いで城までの道を歩いた。
◆◆◆ 城に着くと、辺りはもう暗くなっていた。城門の入口には今朝の若い衛兵がまだいたので、今日のお礼を言っておいた。「お役に立てて光栄です」と敬礼した衛兵と別れて城内に入った。城内を進んでいると、アステリオンと出会った。二人の様子を何となく観察した彼は、「良かったですね、ルナフレア」と声を掛けた。
彼女の首に掛けられたネックレスと嬉しそうな表情を見て、そう言ったのだろう。さすがは王国の、国王直属の執政官である。観察眼が優れている。
「ふふっ、カリナ様からのプレゼントですから」
嬉しそうに答えるルナフレア。それを優しい表情で眺めながら、彼はカリナに話しかけた。
「ああ、そうそう。陛下がお呼びでしたよ。明日からのルミナス聖光国への遠征に向けて、少々話したいことがあるらしいです」
「マジか……。また変なこと企んでないだろうな。済まないルナフレア、直ぐに戻るから。夕食楽しみにしてる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
全く、何の用事なんだかと思いながら、カリナは急ぎ足で執務室に向かった。
ドアをノックしてから「カリナだ、来たぞ」と言うと、中からいつもの気の抜けた様な声で「開いてるよー」という声がした。扉を開けて中に入る。そのままソファーに腰掛けると、カシューに話しかける。
「もう、これからルナフレアの夕食だったってのに。何の用だよ?」
「釣れないなあ。一日探し回ったんだよ。外出するならちゃんと報告してくれないかな?」
「お前は私のお母さんか? 何でイチイチそんな報告しないといけないんだよ」
「君は一応王国直属の召喚魔法剣士だ。カーズの代わりにもなってもらっている。部下の動向はちゃんと把握してないと何かあった時に困るだろう?」
「うーん、まあ、確かにそれはそうかもしれないな……」
「単純な君が大好きだよ」
「やめろ、気持ち悪い!」
いつもの冗談のやり取りをすると、カシューは立ち上がってソファーに腰掛けた。
「魔法石、たくさん余ってないかな?」
「ああ、魔物を倒すと偶に落とすあれか。あるぞ、ソロでかなりやりこんでたからかなりたくさん持ってる」
「貰ってもいいかな? 色々と新発明をするのに動力源が必要なんだよね」
「ああ、あの妙な戦車とかも魔法石で動かしていたのか?」
「まあそれとドライバーの魔力もだけどね。これから遠出になるだろう? だから連絡手段は確保しておこうと思ってね」
カシューはカリナがアイテムボックスから大量に出した魔法石の中から小さなものを見つけると、ベルを鳴らしてアステリオンを呼び出した。来るのが早過ぎる。あのベルにも恐らく何かしらの通信装置が使われているのだろう。
「この魔法石で通信機を完成させてくれ。それとこの大量の魔法石は今後の発明に利用するように」
「畏まりました。では直ぐに戻ります」
そう言って魔法石を数人の部下に回収させたアステリオンは退出して行った。
「そんな長距離の通信機が作れるものなのか?」
「フフフ……、エデンの科学力を舐めてはいけないよ。片耳に着けるだけで遠隔通信が可能になるものがこれで出来上がる。それと、この書状をルミナスの教会関係者に渡してくれるかい? サティアの捜索に協力してもらう予定だから」
そう言ってカシューはニヤリと笑った。
疲労で仰向けに倒れ込んだカリナは、まだ明るい空を見上げていた。VAOがゲームのときは、その中でいくら身体を動かしても、実際には現実の身体を動かしてはいない。そのため、長時間のプレイで精神的に疲れることがあっても肉体に疲労感を感じることなどなかった。しかし、今のこの世界は現実世界と何ら変わりない。身体に感じる疲労感がそのことを物語っていた。「長時間の戦闘には気を付けないといけないな……」 危険な攻撃を躱す瞬間に擦り減る神経。接触した際に響く衝撃。敵を斬り裂き、殴り飛ばす時に感じるリアルな感触。どれもが僅かだが、少しずつ疲労を蓄積させる。ゲーム内でのステータスは今は見えないが、これまでに鍛え抜いた力があるだけに、現実世界で急激な運動をしたとき程の負担がある訳ではないが、ある程度の自分の限界は見定めておくべきだと思うのだった。 深呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。身に纏っていた聖衣が解除され、ペガサスの姿に戻る。同時に二対の黄金の剣に姿を変えていた蟹のプレセペも元の姿に戻った。「ご苦労だったなお前達、また力を貸してくれ」 ペガサスの頭と巨大な蟹の甲羅の背中を撫でる。「所詮は伯爵レベルよな。我の力があれば主も余裕であっただろう。では次の機会を楽しみにしているぞ」 大口を叩く巨蟹のプレセペ。二体の召喚獣は光の粒子に包まれて消えていった。その光が空へ向けて霧散していくのを見守っていると、魔物の討伐を終えたワルキューレの姉妹達が、カリナの下へ集結して来た。「主様、討伐完了致しました。目に着いた怪我人も我々が治療しておきました。燃えていた建物も、ミストの水魔法で消火済みです」 その場に跪いたヒルダが報告する。「そうか、よくやってくれた。感謝する。ありがとう。お前達の御陰で被害は少なくて済んだみたいだな」「私達を即座に現場に送り込んだ主様の判断の御陰ですよ。私達はただ任務を熟したに過ぎません」 黒髪のロングヘアが美しいカーラが答える。「それに私達にはそれぞれ得意な属性があります。それを上手く分担したまでですよ」 金髪のエイルが胸を張った。 ワルキューレまたはヴァルキュリャ、ヴァルキリー「戦死者を選ぶもの」の意は、北欧神話で戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性、及びその軍団のことである。 北欧神話において、ワルキューレは多数存在
悪魔が炎によって燃え尽きたのを見届けると、カリナはカシューに連絡を取った。「聞こえていたか、カシュー?」「うん、どうやら色々と考察する余地がありそうだね」 イヤホンの向こうから、真剣なカシューの声が聞こえる。「先ずは奴の言っていたことが気にかかる。近くの街はチェスターだ。情報通りならそこに悪魔が向かっていることになる。私は急いで戻る。そっちからも援軍を出してくれないか?」「わかった、戦車部隊に戦力を乗せて全速力で向かわせるよ。それなりの距離だから間に合うか微妙だけどね」「頼んだ。とりあえず一旦切るぞ」「了解、また何かあればよろしく」 カシューの返答を聞いてから、左耳のイヤホンに注いでいた魔力を切った。急いで街に戻らなければならない。意識を切り替えて、真眼と魔眼の効果を解除した。聖衣が身体から外れて、黄金の獅子のカイザーの姿へと戻る。「お見事でした、我が主よ」「いや、お前の力がなければ危なかったよ。ありがとう、また呼んだときは頼んだぞ。ゆっくり休んでくれ」 光の粒子になってカイザーは消えていった。そして湖の中から自動回復した黒騎士達が戻って来た。ヤコフの両親を運ぶのはこの騎士達に任せるとするかと考えていたとき、背後からシルバーウイングの面々が押しかけて来た。「やったな、まさか本当に悪魔を斃してしまうとは」「ああ、すげーぜ! こっちまで興奮してきた」 アベルとロックは単独で悪魔を撃破した少女に称賛の言葉を贈る。「ええ、召喚術ってすごいのね。しかもあの召喚獣を身に纏う戦い方なんて初めて目にしたわ」「しかも結局格闘術だけで押し切ってしまいましたね。魔法剣を使うまでもなかったということでしょうか?」 エリアとセリナも興奮が抑えきれないのか、矢継ぎ早に話しかけて来る。「あれは聖衣という召喚獣の力をその身に纏う鉄壁の鎧だ。あらゆる能力が著しく向上する私の奥の手だよ。召喚獣との信頼関係がないと身に纏うことはできないけどな」 剣を使わなかったのは、格闘術だけでどこまでやれるかという実験でもあった。生身の拳では致命傷は与えられなかったが、それなりに戦えることがわかっただけでも、カリナにとっては大きな収穫になった。「そうだ、ヤコフの両親の容態はどうなってる?」「出来る限りの治療はしたから一命は取り留めたわ。でもまだ意識
カリナの格闘術の一撃で怯んだ悪魔侯爵イペス・ヘッジナだったが、すぐさま体勢を立て直し、身体から黒い炎を撒き散らしながらカリナへと突進して来た。「おのれ、小娘がっ!」 振るった大鎌が空を斬る。カリナは大振りな悪魔の攻撃に意識を集中させ、瞬歩で即座に距離を取る。そこに生まれた一瞬の隙の間に懐に飛び込み、右拳での一撃をどてっ腹の中心部に撃ち込んだ。格闘術、烈衝拳。土属性の魔力を纏った、まるで鋼鉄の様に硬化された拳の一撃。悪魔の赤黒い鎧に僅かに亀裂が走る。 カリナは召喚術が実装されるまでは基本的に剣術と格闘術を中心に熟練度を上げていた。そこへ剣技の威力を上げるために魔法を習得した。魔法剣の習得は魔力の底上げとなった。それの副次効果で、魔力を帯びた特殊な格闘術の技能も全般的に威力を向上させることに成功したのである。「がはっ、何だ……? この威力は?!」「だから言っただろう。小突いただけだとな」「小癪なっ!」 力任せの大振りの鎌を瞬歩を使用して紙一重で躱す。そのまま一気に巨体の股の下を潜り抜けて後ろを取ると、背後から風の魔力を纏った左脚での回し蹴りを見舞った。格闘術、烈風脚。悪魔の背にある翼の付け根に繰り出した蹴りが撃ち込まれる。「がああっ!」 竜巻の如き強烈な蹴りに悪魔は仰け反るが、すぐさま持ち直し、黒炎を撒き散らしながら突進して来る。 イペスの攻撃は大振りで読み易いということを既にカリナは見抜いている。しかし、それでもその巨体から繰り出される攻撃は異常な破壊力を秘めており、一撃でもまともに喰らえばかなりのダメージを負うだろう。最悪骨の数本は持っていかれる。一撃も貰うわけにはいかない。スレスレで回避する度に神経が擦り減っていく。「があああっ!」 上段から大鎌を振り被った渾身の一撃を敢えて前方に踏み込み、懐に入るようにして躱す。そのまま空振りをした硬直状態の悪魔の身体を駆け上がり、眼前で左拳を振り被る。「格闘術、紅蓮爆炎拳!」 ドゴオオオオオオッ!!! 炎の魔力を纏った高熱の拳が炸裂すると同時に頭全体を巻き込んで爆発した。衝撃で痺れる拳の代わりに、悪魔は後方へと後退る。「ぐはあああああっ!」 それでもまだこの悪魔侯爵は倒れない。やはり高位の悪魔だけあって相当に打たれ強く頑強であ
「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、カリナの方へ向かって手を振った。「もう用事は済んだのか?」 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」 持ち込んだ食材をセリナとアベルが料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。 確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」 アベルとセリナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。最初にロックが手にしていたのはこれだったのかとカリナは知った。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」 アベルからサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」「そうか、良かったな」 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞
迷宮の扉を開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に階段がある。そこを降って行くと迷路の様に広がる巨大な階層へと到達した。 VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には地底湖が広がっていて調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある死者の間には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。ゲームの頃にはただの設定だったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。 一行が迷宮を進んで行くと、前方から魔物の気配が近づいて来た。「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」 ロックがそう言って二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて眺めていた。「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない、臭い」 現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は酷いものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。それにこのまま素直に正攻法で攻略していては時間がかなりかかりそうである。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。 その場で両手を広げ、魔法陣を展開させて詠唱の祝詞を唱える。「遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ、炎を纏う戦乙女よ、その姿を現せ!」 重ねた魔法陣が地面へと移動し、そこから白いロングスカートに全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」 戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も初めて見る召喚魔法とその召喚体の美しさに目を奪われている。「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なもの
宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店の店主が声を掛けて来た。「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」 店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。 その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」「ふむ、客の事情には深入りはせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」「話が早くて助かるよ」 店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」 鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」「わかった、それで十分だよ。ありがとう」 カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」「おう、気を付けて行ってきな」







