LOGIN「ここが噂のお店かぁ。お客も多いし、人気あるのは本当なんだな」
ギルドから数分歩いた場所に、衛兵からお勧めされたアンティークというレストランはあった。
雰囲気ある木造の造りで、そこまで大きくはないが目立つ建物である。ルナフレアと二人で開放してある入口から中に入ると、元気いっぱいのウエイトレスから「いらっしゃいませ」の歓迎を受ける。
「二人なんだけど、席空いてるかな?」
「二名様ですね。今なら窓際のテーブル席が一つ空いていますよ。そこで構いませんか?」
「うん、ありがとう」
「ではご案内致しますねー」
現代のレストランの接客服の様な衣装を着たその女性に席まで案内される。その窓際の席からは通りがよく見えた。昼時だからか、人通りもそれなりに多い。そして店内は非常に活気があり、料理のいい匂いがした。カリナのお腹が鳴る。
「ふふっ、お腹が空きましたか?」
「そうだな。中途半端に運動もしたし、商業区までは結構な距離も歩いたからね」
「こちらがメニューです。今日のお勧めはシェフの気まぐれパスタです。良ければどうぞ。ドリンクはどうなさいますか?」
メニューを開いて中身を見る。そこには様々な品が写真付きで紹介されていた。
「私はとりあえずオレンジジュースで、ルナフレアはどうする?」
「そうですね、このアップルオレというのをお願いします」
「はい、注文承りました。メインが決まりましたらお近くのウエイトレスにお声かけ下さいねー」
はきはきとした口調で注文を取ると、その女性は奥へと行ってしまった。
「元気があってよいですね。好感が持てる接客です」
「そうだな、接客はその店の顔だ。その感じがいいとお店の雰囲気も良くなる」
現実世界でアルバイトをこなしてきた経験から来る言葉が口をついた。ゲーム世界ではルナフレアの世話になりっぱなしなので、それが彼女には可笑しく聞こえたのだろう。ルナフレアはくすりと笑った。
「カリナ様はこういう所で働いた経験があるのですか?」
迂闊なことを喋ってしまった。しかし、リアルでは働いたことがあるので嘘は吐けない。
「まあね、学生時代にだけど。こういうレストランというよりお酒をメインに扱っている様な居酒屋だったけど」
「それは絶対に看板娘だったのでしょうね。こんな可憐なカリナ様が働いておられるなら、常連客はたくさんいたでしょう」
「いや、まあ、どうなんだろうか……」
女性客からよく声を掛けられることはあった。だがもしそれが今の姿で男女逆だったと想像すると、カリナは少々怖気がした。ぶるっと身震いする。
「カリナ様、お手洗いはあちらのようですよ」
「あ、うん、注文したら行って来るよ」
ぶるりとしたのを催したと思われたのだろう。まあそれも変な想像をした自分が悪い。
「じゃあ、さっきの子が言ってたお勧めにしようかな。ルナフレアは?」
「私はこの野菜たっぷりのキッシュにします。デザートはどうしますか?」
「そうだなぁ、じゃあこのチーズケーキかな」
「では私はこのガトーショコラにしますね」
そのとき近くに給仕の女性が通りかかったので、注文を告げる。
「畏まりました。では少々お待ち下さいませ!」
今度の女性も快活な様子で注文を受けると奥へと行ってしまった。ふと周りを見ると、ウエイトレスは綺麗どころを揃えているように見える。これは顔で採用してるんだろうなとカリナは思った。
トイレを済ませて戻って来ると、ルナフレアがぽつりと話始めた。
「カリナ様は明日から旅に出られるのですよね?」
「ああ、先ずは東にあるルミナス聖光国に行ってみる。聖職者がたくさん集まる国だ。聖女のサティアの情報が手に入るかもしれない。まあそう簡単に上手くいくかはわからないけどな。それでも何かしらの手掛かりは掴めるかもだし。あ、それと悪魔が最近やたらと目撃されているらしいから、次に遭遇したら奴らが何を企んでいるのか聞き出さないとだな」
「そうですか……。ここ中央からはかなりの距離がありますけど、どうやって移動されるのですか?」
「うーん、カイザードラゴンのアジーンかペガサスに乗って飛んで行こうかと思ってるけど」
「ドラゴンは、さすがに大騒ぎになりますよ。ペガサスの方が小さいし目立たないのでは?」
召喚体であるカイザードラゴンのアジーンはかなりの巨体である。確かにそれに乗って移動するとなると、目立って仕方ないだろう。ドラゴンに乗ってみたいとも思っていたが、大人しくペガサスに乗って移動する方がいいだろうとカリナは思った。
「そうだな、やっぱりペガサスに頑張ってもらうとするか」
「そうですね、それが良いと思います。でも気を付けて下さいね。聖光国は周囲を高い山脈に囲まれていますから、その上を飛ぶとなると高山病などの心配があります。そうなっては心配ですから、山脈を抜ける時は公道をお使い下さいね」
「そうか、今のVAOが現実世界ならそういった体の変調をきたす可能性もあるのか……。ありがとう、気を付けるよ。余り高い高度は飛ばないように気を付けよう」
「? ええ、是非そうして下さい。カリナ様に何かあっても遠い場所では私は行くことが出来ませんからね」
VAOやらリアルの話は止めた方がいいのかも知れないとカリナは思った。ルナフレアがその手の話をするとポカンとした表情をするからである。こういう話はPCと出会った時にするのが一番だろう。
そうやって話をしていると、料理が運ばれて来た。空腹だった二人は人気のお店のメニューを楽しんだ。絶妙な味付けがされている品を、ルナフレアとシェアして食べた。満足した二人は会計を済ませて店を出た。
「ふー、結構ボリュームあったなぁ。お腹が膨れたよ」
少し膨れた小さなお腹をぽんぽんと叩く。
「身体が小さくなった影響で小食になられたのかもしれませんね。かく言う私ももうお腹いっぱいです。量も味も中々のものでしたね。色々と隠し味が使われていたようなので、自分の料理にも取り入れてみます」
「研究熱心だな。でも私はルナフレアの料理が一番落ち着いて食べれるし、美味しいと思うけどね」
その言葉にルナフレアの表情がぱあっと明るくなる。カリナに褒められたのが純粋に嬉しいのである。
「ではこれからも精進致します。さて今からはどうしますか? まだお昼を回ったばかりですから、今日はたくさん時間がありますよ」
「うーん、確かにそうだな。じゃあ今日はルナフレアが行きたいところに付き合うよ。明日から暫くお別れだから、今日は君の好きなところに一緒に行こう」
カリナの言葉にルナフレアが笑顔になった。
「では、洋服を見に行きましょう」
「服かー、この姿でのお洒落はさっぱりだよ。武具の店にしか行ったことないなあ」
「勿体無いです、カリナ様。折角こんなにも可愛らしいのに私服が乏しいなんて。私が今日はたくさん選んであげますから」
あ、これは着せ替え人形にされるなとカリナは覚悟した。だがルナフレアが楽しそうならばそれもいいだろうと思い、彼女の動向に付き合うことにしたのだった。
◆◆◆ 「つ、疲れた……」何軒も店をはしごし、ルナフレアが気になった服を次々と試着させられたのである。休憩に寄った公園のベンチにどかっとカリナは背中からもたれ掛かった。
女性の買い物が長いのを身をもって知ることになった。たくさん買い込んだ衣装は全てアイテムボックスに放り込んである。荷物を持ち歩かなくて済むのはPCの特権であろう。NPC達は買ったものを両手いっぱいにぶら下げて歩いている。
「すみません。はしゃいでしまって……」
疲弊したカリナの隣に腰掛けたルナマリアが反省の弁を口にした。
「いやいや、私に耐性がないだけだから。その内慣れるから気にしないでくれ」
とは言っても中身は男性である。とても慣れそうには思えなかった。
「でもルナフレアはそれだけで良かったのか?」
彼女の首には綺麗なネックレスが輝いている。買い物の途中でカリナが日頃の感謝にと、気に入った物を送ったのである。
「ええ、私には今日の思い出とこのネックレスがあれば十分です。それに普段はメイド服以外は余り着ることはありませんからね」
「そっか、まあ喜んでくれたのなら良かったよ」
「でもこれ幾らしたんですか? 高かったのではありませんか?」
「1万セリンだよ。今までソロで散々稼いで来たから安いもんだ。それよりもルナフレアの方が私の服にかなりの額を使ったんじゃないのか? 今からでも払うよ」
「いえ、私はカリナ様に私の選んだ服を着て欲しかっただけですから。それにお城のお給料はかなり高いのですよ。恐らく普通の庶民の稼ぐ額の何倍もあります。王国騎士団長の側付きとなれば、それはもう裕福なものです。それに私が持っていても貯まるばかりで使うことも滅多にありませんからね」
「そうだったのか。じゃあ今日はありがたくお言葉に甘えようかな? でも次からは自分が着るものとかは自分で出すからな。いつも奢って貰ってちゃアンフェアだろ?」
「ふふ、そうかもしれませんね。では次のデートはカリナ様にたくさん奢って頂きます」
そう言って笑うルナフレアの笑顔は素敵だとカリナは心から思った。この子を泣かせるような真似は絶対にしてはいけない。戦いになっても絶対に死ぬ訳にはいかないと思うのだった。
夕日が赤く彼女の美しい横顔を照らしていた。
「さて、そろそろ帰ろうか。今日のルナフレアの夕食も楽しみだからね」
「あはは、食いしん坊さんですね。では今日も腕を振るわせて頂きます」
城下が夕焼けに染まる中、二人は手を繋いで城までの道を歩いた。
◆◆◆ 城に着くと、辺りはもう暗くなっていた。城門の入口には今朝の若い衛兵がまだいたので、今日のお礼を言っておいた。「お役に立てて光栄です」と敬礼した衛兵と別れて城内に入った。城内を進んでいると、アステリオンと出会った。二人の様子を何となく観察した彼は、「良かったですね、ルナフレア」と声を掛けた。
彼女の首に掛けられたネックレスと嬉しそうな表情を見て、そう言ったのだろう。さすがは王国の、国王直属の執政官である。観察眼が優れている。
「ふふっ、カリナ様からのプレゼントですから」
嬉しそうに答えるルナフレア。それを優しい表情で眺めながら、彼はカリナに話しかけた。
「ああ、そうそう。陛下がお呼びでしたよ。明日からのルミナス聖光国への遠征に向けて、少々話したいことがあるらしいです」
「マジか……。また変なこと企んでないだろうな。済まないルナフレア、直ぐに戻るから。夕食楽しみにしてる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
全く、何の用事なんだかと思いながら、カリナは急ぎ足で執務室に向かった。
ドアをノックしてから「カリナだ、来たぞ」と言うと、中からいつもの気の抜けた様な声で「開いてるよー」という声がした。扉を開けて中に入る。そのままソファーに腰掛けると、カシューに話しかける。
「もう、これからルナフレアの夕食だったってのに。何の用だよ?」
「釣れないなあ。一日探し回ったんだよ。外出するならちゃんと報告してくれないかな?」
「お前は私のお母さんか? 何でイチイチそんな報告しないといけないんだよ」
「君は一応王国直属の召喚魔法剣士だ。カーズの代わりにもなってもらっている。部下の動向はちゃんと把握してないと何かあった時に困るだろう?」
「うーん、まあ、確かにそれはそうかもしれないな……」
「単純な君が大好きだよ」
「やめろ、気持ち悪い!」
いつもの冗談のやり取りをすると、カシューは立ち上がってソファーに腰掛けた。
「魔法石、たくさん余ってないかな?」
「ああ、魔物を倒すと偶に落とすあれか。あるぞ、ソロでかなりやりこんでたからかなりたくさん持ってる」
「貰ってもいいかな? 色々と新発明をするのに動力源が必要なんだよね」
「ああ、あの妙な戦車とかも魔法石で動かしていたのか?」
「まあそれとドライバーの魔力もだけどね。これから遠出になるだろう? だから連絡手段は確保しておこうと思ってね」
カシューはカリナがアイテムボックスから大量に出した魔法石の中から小さなものを見つけると、ベルを鳴らしてアステリオンを呼び出した。来るのが早過ぎる。あのベルにも恐らく何かしらの通信装置が使われているのだろう。
「この魔法石で通信機を完成させてくれ。それとこの大量の魔法石は今後の発明に利用するように」
「畏まりました。では直ぐに戻ります」
そう言って魔法石を数人の部下に回収させたアステリオンは退出して行った。
「そんな長距離の通信機が作れるものなのか?」
「フフフ……、エデンの科学力を舐めてはいけないよ。片耳に着けるだけで遠隔通信が可能になるものがこれで出来上がる。それと、この書状をルミナスの教会関係者に渡してくれるかい? サティアの捜索に協力してもらう予定だから」
そう言ってカシューはニヤリと笑った。
小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から柔らかな朝陽が差し込んでくる。カリナは微睡みの中で、包み込まれるような温かさを感じて目を覚ました。「ん……」 目を開けると、すぐ目の前にカグラの穏やかな寝顔があった。昨晩、不安に押しつぶされそうになっていた自分を抱きしめ、一晩中こうして温め続けてくれたのだ。その母性にも似た深い愛情に、カリナの胸が熱くなる。「……ありがとう、カグラ」 カリナはそっと体を起こすと、カグラの肩を優しく揺すった。「おはよう、カグラ。朝だぞ」「んん……。あら、おはようカリナちゃん」 カグラはゆっくりと目を開け、ふわりと微笑んだ。茶色のミディアムヘアが枕に広がり、朝日を浴びて輝いている。「今日も可愛いわね。……気分はどう?」「ああ。御陰で切り替えられたよ。ありがとう」 カリナが素直に礼を言うと、カグラは嬉しそうに目を細めた。二人はベッドから起き上がり、身支度を整える。 カリナはアイテムボックスから、ルナフレアが出発前に持たせてくれた衣装セットの一つを取り出した。「今日はこれにするか」 広げられたのは、繊細かつ豪華な冒険者風のドレスセットだ。 アウターは、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた、淡い水色のタイトなロングコート。袖は長袖で、手首に向かって優雅に広がるフレアーなデザインになっており、裾や袖口のフリルが可憐さを演出している。 その下に着るのは、淡い紺色を基調としたミニスカートの冒険者風ドレス。高貴な青色のリボンが胸元を飾り、スカートの内側には純白とピンクの生地が重ねられ、動くたびにチラリと覗く可愛らしい仕様だ。 足元は、太ももまでの長さがある白に黒のデザインが入ったロングニーハイソックスを、ガーターベルトで吊るすスタイル。そして、紺色に黄色のデザインが施されたお洒落なブーツを合わせる。 仕上げに、紫の花を模した髪飾りを、特徴的なクセ毛のツインテールにあしらう。「あら、素敵なデザインね。ルナフレアは本当にいい仕事をするわ」 カグラが感心しながら、着替えを手伝ってくれる。背中のリボンを結び、襟元を整える手つきは、本当に姉が妹の世話を焼くようだ。「よし、完璧よ。お姫様騎士って感じね」「ありがとう、カグラ」 一方のカグラも着替えを済ませていた。彼女の衣装は、いつもの白い狩衣に、今日は高貴
アリアの部屋を辞したカリナは、重い足取りでカグラと隊員が待つ貴賓室へと戻ってきた。 扉を開けると、そこには既に豪勢な昼食がテーブルいっぱいに並べられていた。アレキサンド名物の肉料理や、彩り豊かな野菜のテリーヌ、そして数種類の果物。カグラは優雅にフォークを動かし、隊員は口の周りをソースで汚しながら夢中で肉にかぶりついている。「おかえりなさい、カリナちゃん。どうだった?」 カグラがグラスを置き、振り返る。その茶色のミディアムヘアがふわりと揺れ、穏やかな表情の中に鋭い知性が光っていた。「こちらは一応、資料から禁忌の術などの解析が終わったわ。恐ろしい術式ばかりだったけれど……今後はこれが悪用されないように、対策を練らないとね」「ああ、お疲れ様。……悪い、私も少し食べるよ」 カリナは空いている席に座り、まだ温かいローストビーフを皿に取り分けた。一口食べ、その旨味に少しだけ心が安らぐのを感じながら、カリナは静かに口を開いた。「彼女は……間違いなく『女神』だ。この世の理の常識を遥かに超える存在だ」 その言葉に、カグラの手が止まる。「何か分かったの?」「ああ。彼女が探している人物は、私である可能性が高い。だが、この世界ではアバターという仮初めの姿が邪魔をして、魂にある目印がはっきり見えなくて、そこまで確証が持てないらしい」 カリナはナイフを握る手に力を込める。「それに……この世界から次元を斬り裂いて脱出することなど簡単だ、とも言っていた。私達が必死に生きているこの世界の理屈など、彼女にとっては取るに足らないことなんだろうな」「次元を斬り裂く……? まるでSF映画ね」「笑えない話だがな。……それと、彼女はその人探しの合間の暇潰しに、このVAOをプレイしていたPCの一人でもあるそうだ」 カリナが告げると、カグラは目を丸くし、やがてクスクスと笑い出した。「ふふっ、あはは! 神様がネトゲをするなんて、ずいぶんと俗っぽいのね。親近感が湧くような、畏れ多いような……」「全くだな。だが、その力は本物だった」 カリナは表情を引き締める。ここからが、アリアから聞いた最も重要な情報だ。この世界が虚構であり、悪魔以上のとんでもない存在が創った実験場であること。それをカグラに伝えようと、口を開きかけた瞬間――。「――っ……ぐぅっ……!」 ドクン
「いらっしゃい、カリナさん。まあ、立ったままではなんですし、掛けたらどうですか?」 アリアは優雅な仕草で、向かいの席を手で示した。テーブルの上には、既に湯気を立てる二つのティーカップ。最高級の茶葉の香りが、部屋の中に満ちている。まるで、カリナがこのタイミングで訪ねてくることを、最初から知っていたかのような準備の良さだった。 カリナは一瞬躊躇したが、意を決して椅子を引き、アリアと対面する形で腰を下ろした。「いただきます」 勧められるままに紅茶を一口含む。渋みがなく、花のような芳醇な香りが鼻腔を抜ける。それは、毒など入っていない、純粋なもてなしの一杯だった。カップをソーサーに戻し、カリナはその碧眼を細めて、目の前の美女――自分と瓜二つの髪色を持つ、違いはカリナの毛先が金髪くらいの、謎の存在を見据えた。「……単刀直入に聞く。あなたは一体、何者なんだ? なぜ私のことを知っている? そして……先ほど言っていた『女神』というのは、本当なのか?」 矢継ぎ早に繰り出された質問に、アリアはカップを口元で傾け、ふふっと楽しげに笑った。「せっかちですねぇ。でも、答えは先ほど言った通りですよ。――女神です」 またしても、はぐらかすような返答。だが、その言葉には嘘の匂いがしない。それどころか、彼女が纏う空気そのものが、人知を超えた何かであることを雄弁に物語っていた。 カリナは深呼吸をし、ずっと胸の内に秘めていた「確信」をぶつけることにした。「……私は以前、ある場所で『真実』の一端に触れた」「ほう?」「『死者の迷宮』の最深部……そこにあった祭壇の鏡だ。私はそこで、現実世界で死に別れたはずの幼馴染――『彩』と再会した」 カリナの脳裏に、あの時の情景が蘇る。鏡の向こうで微笑んでいた、懐かしくも切ない少女の姿。「彼女の髪は、生前のような赤茶色ではなく、透き通るような銀髪に変わっていた。そして彼女は言ったんだ。『女神様に、別の世界に転生させてもらった』と」 アリアの手が、わずかに止まる。「さらに彼女はこうも言っていた。『その女神様が、今、あなたのことを探している』と。……今の私がいるこの世界では因果が正しく回っていないため、私がトラブルに巻き込まれやすくなっているとも教えてくれた」 カリナは畳み掛けるように言葉を続ける。「それだけじゃない。先日、私の
謁見の間には、レオン王の宣言が重々しく響き渡っていた。 一週間後に開催される剣術大会。それは、人類の脅威に対抗するための精鋭を選抜する重要な儀式でもある。しかし、カリナには一つ、どうしても確認しておかなければならない懸念があった。「陛下。剣術大会ということは……まさかとは思いますが、真剣を使う訳ではないのですよね?」 冒険者ギルドの訓練や一般的な模擬戦では、刃引きをした剣や木剣を使うのが通例だ。Aランクの実力者同士が真剣でぶつかり合えば、手加減をしたとしても事故は避けられない。だが、レオン王は鷲のような鋭い瞳でカリナを見据え、短く答えた。「いや、真剣での立ち合いになる」「なっ……真剣、ですか?」 カリナが眉をひそめると、隣に控えていたカグラも扇子で口元を覆い、懸念を示した。「陛下。いくら腕に覚えのある者同士とはいえ、真剣勝負となれば、下手をしたら死傷者が出る恐れがございますわ。未来の戦力を選抜する場で、有望な若者が命を落としては本末転倒では?」「うむ、そなたらの言い分はもっともだ。だが、案ずることはない。それについては、ここにいるアリア殿が、特別な『魔道具』を準備してくれているのだよ」 王の言葉を受け、アリアが一歩前に進み出た。彼女が何もない空中に手をかざすと、誰も見たことがない未知の魔法陣が展開され、そこに闘技場の様子を模した鮮明な立体映像が投影された。「ご心配には及びませんよ。私が開発した、この『身代わりの水晶』があれば、誰も死ぬことはありません」「身代わりの水晶……? ずいぶんと大きいな」 カリナが驚くのも無理はない。投影された映像では、闘技場の舞台の両端に、優に人ひとり分の大きさがある巨大な水晶が設置されていたからだ。「はい。大会には大観衆が押し寄せますから、遠くの客席からでも状態が視認できるよう、このサイズに設計しました」 アリアはカリナ達に向き直り、落ち着いた丁寧な口調で説明を始めた。「これは対象の魔力と生命力をリンクさせる特殊な魔道具なんです。勝負の前に、この水晶に自分の魔力を流して記憶させておけば、戦闘で受けたダメージは全てこの水晶が肩代わりしてくれますよ」 アリアはニッコリと微笑み、続ける。「例えば、腕を斬られたとしましょう。その瞬間、痛みと衝撃は走りますが、肉体には傷一つつきません。代わりに、舞台の端に設
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。 石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。 近づくにつれ、その威容が露わになる。 エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。 城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」 カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。「止まれ! 何用か!」 屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」 続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」 門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」 重々しい音と共に城門が開かれる。 一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。 煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」 ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語